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May 07, 2005

田舎と都会と

GWなので、6日に休暇を取って、田舎に帰ってきた。

わが故郷、信州は、島崎藤村の生誕地、山口村が越県合併し、岐阜県中津川市になるなど、前回帰った時から県政にも紆余曲折があって、その裏話というか、田中康夫知事政権下の一県民の声などを聞いてみたわけだが、そんなことより驚いたのは、鉄骨がないことだ。

鉄骨がないために建設が遅れ、開店が半年ほど遅れた店があるという。

車で通りすがりに見た感じでは、大量の鉄骨を必要とする大規模店舗ではない。どちらかといえば、田舎の街道沿いにある、よくあるタイプのちょっと大きめという程度の店舗である。

日産が鋼材不足で生産調整をしていたり、そのほかにもメーカーが値上げに踏み切らざるをえない状況にあることは知っていたが、東京のあちこちで高層マンションが建設されている光景を見てきた者にとっては不思議な感じ。中国発の原料不足で、東京など大需要地にはとりあえず回ってくるが、田舎まで回ってこない、というのが現実らしい。予約しても何ヶ月待ちという状況だという。

田舎と都会の格差が広がりつつあるなというのは、以前から感じていたことだが、こんなところにも現れてきたというのが一つのショックであった。田舎の市街地は廃れ、新しく作られた街道沿いに都会の大資本であるスーパーや、チェーンの安い飲食店だけが広がるという異様な光景はすでに常態化している。しかしここまでは陣地取り合戦だったが、今回はそれですらない。ある意味、切り捨てだろう。

…とはいえ、帰省の道中、美しい新緑の風景を見ていると、それがどれだけ重大なことなんだろうかと思ってしまう。ゆったりした時間の流れ方や、自然と一体化したさまざまな考え方は、都会では得られないものであることも事実だ。もしかしたら都会でも得られる人はいるのかもしれないが、信州出身の私にはちょっとムリなんだなと感じる。高い山々の風景を見るだけで、リラックスしていく自分がいるわけだから。

物質的豊かさの代わりに切り捨てたものの大きさ。それが今の日本の喪失感につながっている。ちょっと乱暴で、あまりうまくまとまっていないが、そんな気がする。

ここまで書いて、終わらせようと思ったのだが、ふと田舎で親の事業を継いで破綻した友人を思い出した。田舎のよさを感じられるのも、現段階で経済的に破綻をきたしていないという条件下だということも、付け加えておく必要があるのかもしれない。なんだかさびしい話である。

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