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March 21, 2008

オバマ、人種問題で演説

今週、メンターだった教会の牧師の暴言問題で、選挙戦最大の危機を迎えていたオバマだが、18日、人種差別問題について演説をし、なんとか沈静化に向かったようである。

その演説のタイトルは「A More Perfect Union」。オバマホームページに演説ビデオと原稿がアップされているので、知りたい方は下のリンクを見てほしい。ものすごく長いので、時間ができたときにでも訳したいと思うが、とりあえずリンクのみ。(追記:訳しました→「オバマ人種問題演説A More Perfect Union」) 

A More Perfect Union
http://my.barackobama.com/page/content/hisownwords/

前夜、2時まで原稿を練っていたというこの演説、報道を見た感じでは、かなり立派な演説だったように思う。感動した人も多いようだ。(私はそこまで英語がわからない…)

人種問題について、米大統領選でこのように真正面から演説をした(せざるをえなかった)大統領候補がいたかどうかはわからないが、黒人初の大統領になるかもしれないオバマが、米国建国の地、フィラデルフィアでこの演説をしたのは、偶然ではあろうが、運命を感じてしまう。

CNN オバマ氏が人種問題で演説 牧師発言の波紋に対応
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200803190005.html

ステージ風発
オバマ候補についに人種問題での危機か――「反米」過激派の黒人牧師とのきずな
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/516560

オバマ氏のこの過激派牧師とのきずなが全米に広く知られると、同氏への支持はかなり激しく落ちました。
ライト牧師の一連の過激なアメリカ弾劾演説がいっせいに報道されたのが3月14日の金曜日、その後の24時間でオバマ氏への全米50%の支持率が一気に44%にまで下がりました。逆にヒラリー・クリントン候補は42%から45%近くにまであがったそうです。

そりゃ支持率下がるよ。CNNとかつけていると、さも重大事とばかりに、ライト牧師の過激演説ばっかりやっていたから。アメリカのメディアは、愛国心という名の不自由もしくは虚構に縛られていることを知りつつ、熱狂的に「愛国心」を振りかざした。オバマのいい攻め手を見つけたとばかりに。それでもって「オバマ候補が劣勢になりました」はないんじゃね~の?(苦笑) それとアメリカを褒め称えるだけが愛国心なのかね?

今はヒラリーの大統領夫人時代の「経験」を検証しているみたいだけど、その一方でマケインはイラクで点数稼ぎしているわけだ。まあ、どっちでもいいけど、まあ今回の感動的演説(の模様)がどう影響してくるのかは、アメリカが本当にどこに行きたいのかを計る、よいリトマス試験紙になるのではないだろうか。

今日でイラク戦争から5年。各候補者がイラク戦争に対し、それぞれ発言した模様だ。余談だが、3月20日というのは、思い出したかのようにビン・ラディンの声明があり、日本では地下鉄サリンから13年で、チベット騒乱も進行中。3月20日というのはいろいろ物騒な季節なんだなと思った。

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Comments

どうしても訳したかった者さん

ご快諾ありがとうございます。
しかし上手ですよね。私の訳と比べてみたら、自分が恥ずかしくなりましたよ。

たぶん、ほとんど「どうしても~」さんの訳を採用させていただくと思いますが、どうぞよろしく。

完成はたぶんGW中だろうと思います。

Posted by: JIN | April 24, 2008 03:58 PM

Jin and Tonicさんへ
読んでいただけて、ありがとうございます。
ご提案に賛成です。
私も、政治やアメリカ史に詳しいわけではないので、間違っているところもあると思います。
どうか訂正していただきながら、よろしくお願いいたします。

Posted by: どうしても訳したかった者 | April 23, 2008 10:29 AM

どうしても訳したかった者さん
ありがとうございます。

こちらも途中まで訳していたんですが、長過ぎて時間がなかったのと、特にこの演説は、アメリカ史がわからないと意味不明なところがありますから、なかなか進まず苦労しておりました。

せっかくなので、もしよろしければ、訳してくださったものと、私のものと合わせて、私がいつも掲載しているスタイルで掲載し直したいのですがいかがでしょうか? スタイルというのはyoutubeと、英文と、訳を合わせるという形ですが。アメリカ史については若干のリンクをするという形で。といっても、ちょっと時間はかかりますが。

それとブログを立ち上げていらっしゃるのであれば、リンクしていただけるとありがたいです。

Posted by: JIN | April 22, 2008 11:14 PM

Jin and Tonicさんへ

オバマの演説A more perfect unionを訳してみました。間違いもあると思いますが、日本語にしてみると、やはり良く分かります。参考になれば、幸いです。アメリカでの人種の融和が、やがて全世界における人種の融和にも繋がって行くように思われました。

より完全な融和を
2008年3月18日
バラック・オバマ上院議員 
フィラデルフィア、国立憲法センター

「われら合衆国の人民は、より完全な連邦(融和)を形成するために…」

221年前、この通りの向こう側に今もなお建っているホールに人々が集まり、この簡潔な言葉をもって、「民主主義におけるアメリカのありそうにない実験」に着手しました。圧政と迫害から逃げるために海を渡ってきた農民や学者、つまり政治家や愛国者たちは、1787年春の間を通して続いたフィラデルフィア大陸会議で、とうとう本当の独立宣言を成し遂げました。

彼らが作った文書は、やがて署名されましたが、最終的には未完成なものでした。奴隷制度というこの国独自の原罪により染みを付けられていたからです。奴隷制度は、植民地を分断し大陸会議をこう着状態にしました。打開策として、建国者たちは、その後少なくとも20年以上は奴隷貿易を続けられるようにし、最終的な解決は未来の世代に任せるという選択をしました。

もちろん、奴隷問題に対する答えは、私たちの憲法の中にすでに組み込まれています。そこにあった憲法は、法の下での市民の平等という理念をその軸として持ち、つまり可能と思われ、時を経て完成されるべき、自由と正義、そして統合・融和を、国民に約束するものでした。

しかし羊皮紙の上に書かれた言葉だけでは、奴隷を束縛から救い出したり、あらゆる肌の色の男性や女性を用意し、合衆国市民として彼らが権利と義務を信条とするには、不充分なものでした。私たちの理想に対する約束と時代の現実との溝を狭めるために必要とされるもの、それは、抗議と闘争を通して、路上や法廷で、そしていつも大きな危険に曝される内戦や市民的不服従運動を通して、喜んでその役割を果たそうとする何世代にも渡るアメリカ人だったのです。
私たちの先人たちがやって来た長い行進を続けていくこと、より公正で、より平等で、より自由で、より思いやりがあり、より豊かなアメリカのための行進を引き継ぐ、これが、私たちがこの選挙運動の始まりに、自らに設定した課題の1つでした。私たちの時代の挑戦を解決し、融和を成し遂げるためには、みんなで一緒になって解決しなければと深く信じたので、歴史の中のまさにこの時点で、私は大統領に立候補する決心をしました。各自の考えや思いは様々でも、私たちは共通の希望を抱いています。つまり私たちは見かけも違い、来た場所も違うでしょうが、みんな同じ方向に進みたいと願っています。私たちの子供や孫たちがより良い未来に向かうようにということです。

この信念は、アメリカ国民の良識と寛大さに対する揺るぎない信仰から来ています。しかし、またそれは、私自身のアメリカでの物語によるところもあるのです。

私は、ケニヤ出身の黒人男性とカンザス出身の白人女性との息子です。第二次世界大戦の間、パットン将軍の陸軍に服務して、大恐慌を乗り切った白人の祖父と、祖父が海外にいた時にはフォート・レーヴェンワースで爆撃機の製造ラインで働いていた白人の祖母の助けを借りて育てられました。アメリカで最高のいくつかの学校に通いましたし、世界で最も貧しい国の1つで生活もしました。黒人の女性と結婚しましたが、彼女の中には奴隷と、奴隷の使用人の血が入っています。私たちが、二人の大切な娘に受け継いでいる遺産です。私には、兄弟と姉妹、姪、甥、おじ、いとこがいますが、あらゆる人種、あらゆる肌の色をしており、3つの大陸に散らばっています。地球上のアメリカ以外の国では私の経歴は可能ではなかったということを、生きている限り、決して忘れないでしょう。

それが、私を今までのありきたりの大統領候補者にしていない経歴です。しかし、この国が単なる「多数の寄せ集め」以上のものであり、「多数からなる、私たちは真にひとつ」という考えは、私の生い立ちにさかのぼります。

この選挙運動の最初の1年間を通して、あらゆる予測に反し、私たちはアメリカ国民が「統合・融和」というメッセージにいかに飢えているか、目のあたりにしました。私の立候補を、「人種」というメガネだけを通して、捉えようとする誘惑にも関わらず、私たちは白人の人口が多い州でさえ指揮をとって勝利しました。今だに南部連合旗がはためいているサイスカロライナ州においてさえ、私たちは、アフリカ系アメリカ人と白人の強力な支持団体を組織しました。

だからといって、「人種」が選挙運動で問題にされなかったとはいっていません。選挙運動でのさまざまな段階で、解説者たちは、私のことを「黒過ぎる」とか「黒がたりない」とかいっていました。私たちは、サウスカロライナ予備選挙の前の週、人種問題がらみの緊張が表面に泡立つのを見ました。マスコミはあらゆる出口調査で、白人対黒人だけでなく、黒人対褐色の肌の人たちについても、人種による極化の最新の証拠を探し回りました。

しかしこの選挙運動で人種がらみの議論が、特に意見の分かれとなったのは、わずか2週間ほど前からのことです。

議論の幅の一方で、私が立候補できたのは、ともかくも差別撤廃措置の運動のおかげだという意見を聞きました。それは、素朴なリベラル派が、人種間の和解を安く買おうとおもに望んだためです。そして他方では、私の元牧師、聖職者ジェラマイア・ライトが、扇動的な言葉を使って、人種間の溝をさらに広げてしまう可能性があるだけでなく、私たちの国の偉大さと善良さの両方を傷つけてしまった発言を聞きました。当然のことながら、白人、黒人ともに怒らせてしまいました。

私は、このような論争、時には痛みを引き起こしたライト牧師の発言を、はっきりした言葉ですでに明確に非難しています。しかしまだ疑わしく思っている、口やかましい人々も残っています。彼がアメリカの国内外の政策について、時折激しく批判していたことを知っていましたか?もちろん。今までに私が教会の礼拝に出席している時に、彼の問題発言を聞いたことはありますか? はい。彼の政治的見解の多くに、強い反感を覚えたことはありましたか? まったくその通りです。多くのみなさんも、あなたの牧師や聖職者、ラビの言葉に強い反感を覚えたという経験はあるはずです。

しかし最近これほど非難をあびることになったライト牧師の、このような発言は、それが単なる「問題発言というもの」ではありません。それらは、単純に、気付かれた差別に対する一宗教指導者の抗議の発言というものではありません。そうではなくて、この国の極めて歪んだ考え、白人主義がこの国特有のものであるという考えが、発言に表れていて、それはあらゆるアメリカの良いと思うものの上に、アメリカの悪いところを覆いかぶせるものです。中東紛争についても、イスラム過激派のへそ曲がりで憎しみに満ちた思想が及ぼす影響は棚に上げて、主としてイスラエルのような勇敢な同盟国の行動に根付いているとみる考えです。

ライト牧師のコメントは、このように間違っていただけでなく、アメリカを分裂させるものとなりました。私たちが団結を必要とするときに分断を助長するものでした。つまり、2つの戦争やテロの脅威、不景気、慢性的な保健医療危機、壊滅的になるという潜在性を持つ気候変動など、途方もない問題を解決するため力を合わせなければならない時に、人種問題のせいにしました。それは、黒人だけや白人、ラティーノやアジアだけの問題ではなく、私たち全てが直面している問題ばかりです。

私の経歴や政治思想、職業的な価値、理念を考えると、私のライト牧師非難の言葉が充分なものではない、と思う人は間違いなくいるでしょう。そもそも、私がなぜライト牧師と付き合うようになったのか。他の教会へ参加しないのか、と聞くでしょう。そしてもし、テレビやユーチューブの画面に延々と流れている説教の断片が、ライト牧師について私が知っていることの全てであり、トリニティ統合キリスト教会が、解説者たちによってばら撒かれた風刺画のとおりだったら、私だって大体同じような反応をしたに違いのないと、告白します。

しかし真実は、私が知っている彼の人間性はそれが全てではない、ということです。 私が20年以上前に知り合った彼は、キリスト教を私に紹介し、人はお互いに愛し合わなければならないという義務について語ってくれました。 病める人々を看病し、貧しい人々の力になりなさいと。 彼は米国海兵隊員として国のために尽くし、この国で最もすばらしい大学といくつかの神学校で学び、教鞭をとってきました。そして30年間以上にわたり、私の教会の指導者として、ホームレスに住処を、貧しい人々へ仕えながら、保育サービスを運営し、奨学金を出し、刑務所へ奉仕し、HIV・エイズに苦しむ患者の救済にあたるなど、「ここ地上における神の業」を行って、社会に仕えてきました。

一冊目の自著「Dreams From My Father、父からの夢」の中で、トリニティ教会で初めて礼拝に参加した時の経験を綴りました。この様になります。

「人々は、叫び、席から立ち上がって、拍手をし、大声で叫び始めました。力強い風が説教壇の垂木の中に聖職者の声を運び上げる、「希望!」、ひとつの言葉に、私は格別にすばらしいものを感じました。街中の何千もの教会の内にある、十字架の下で、タビデとゴリアテ、モーセとファラオ、ライオンの巣窟の中のキリスト教徒、乾いた骨の原野のエゼキエルの話と、普通の黒人の人々の物語が、溶け合っていくように想像されました。生存や自由、希望という、それらの物語は私たちの物語、そして私の物語となりました。つまりこぼした血は私たちの血であり、流した涙は私たちの涙でした。この輝ける日に、この黒人教会が、次世代やより大きな世界に人々の物語を運ぶ箱のように、もう一度見えるまでは。 私たちの試練と勝利は独特なものであるのと同時に普遍的なもので、黒人のものでありながらそれ以上のものとなっています。私たちの旅を記録にとどめる際に、そうした物語や歌は、恥ずかしく思う必要がない記憶を思い出す方法を、私たちに与えてくれました。すべての人が学び、懐かしく思うような思い出、それによって、私たちは立ち直り始めることができるでしょう」。
それはトリニティでの私の体験となっていました。黒人が優位を占めている他の教会と同様、トリニティはまさに黒人社会の縮図です。医師がいれば、生活保護を受けるシングルマザーもおり、模範生がいれば、元ギャング一団もいます。他の黒人教会のように、トリニティの礼拝中に、騒々しい笑いと、時々品のないユーモアでいっぱいになります。慣れない人にとっては神経に障るかもしれない、ダンスや手拍子、金切り声、叫び声でいっぱいです。 教会は親切と残酷さ、研ぎ澄まされた知性と驚くばかりの無知、挫折と成功、愛と憎しみ・偏見など、アメリカの黒人の経験を形作っているあらゆるものをいっぱい含んでいます。

こういうふうに説明すれば、もしかして私とライト牧師との関係が理解しやすくなるかもしれません。彼は欠点のある不完全な人物ですが、彼は私の家族のような存在なのです。 彼は、私の信仰を深めてくれ、私の結婚式を司り、私の子供たちに洗礼を授けてくれました。 彼から直接、少数民族に関し話すときに差別的な言葉を、聞いたことは一度もありませんし、白人と対話する時には、彼はいつも礼儀正しく敬意をもって振舞っていました。彼には、「良い面」と「悪い面」という矛盾するものを持っているのです。ちょうど、彼が何年間も努力し尽くしてきた黒人の地域社会のように。

彼と縁を切るということは、黒人社会との絶縁をも意味します。彼を見捨てることは、私の白人の祖母を見捨てるのと同じです。彼女は、私を育ててくれ、私のために何度も何度も犠牲を払ってくれ、彼女が愛した世の中の何よりも私のことを愛しく思ってくれていました。しかし「路で黒人の男とすれ違うのが怖い」と、一度だけ彼女に告白されたことがあります。彼女が何度か口にした人種差別的で民族的な偏見の言葉に、私は身をすくませたこともありました。

でもライト牧師も祖母も私の一部なのです。 そして、彼らは私が非常に愛する国、アメリカの一部なのです。

これを、正当化しようとする試みとか、単に許しがたいことの言い訳となる説明とみなす人もいるはずです。しかしそれだけは違う、と断言できます。政治的に安全な方法は、このエピソードからどんどん進んでいって、影もなく姿を消していくことをただ望むことでしょう。 私たちは変人や扇動政治家として、ライト牧師を無視することができます。ジェラルディーン・フェラーロ、ニューヨーク市長の最近の発言のすぐ後に、何らかの根深い人種偏見を抱くとして、ある人たちが彼女を簡単に片付けたように。

しかし人種問題は、今日のアメリカが無視でき得るような問題ではないと私は信じています。ライト牧師がアメリカに関する怒りの説教の中でした同じ誤りを、私たちも犯しかねないでしょう。単純化し、枠にはめて捉え、過ちが現実を歪めるという点でマイナスなことを拡大解釈するのです。

実は、なされた解説やここ数週間にわたって表面化した事柄は、これまで誰も本気で取り組もうとしなかったこの国の人種問題の複雑さを反映しています。人種問題は、この国がより完全に統合・融和するためには、避けて通れない問題です。そして今歩き去り、各自が単に自分の殻に引きこもってしまったら、医療保健制度や教育問題、すべてのアメリカ人に良い仕事を見つける失業問題などの挑戦を、みんなで手を取り合って解決することは、けっしてできないでしょう。

この現実を理解するには…、(拍手)我々がどのようにしてこの点に到ったのか、を顧みる必要があります。ウィリアム・フォークナーがかつて書いた、「過去は死んで葬られてはいない。実際、まだ過去にはなっていない」。私たちはここでこの国の人種の不平等の歴史を蒸し返すつもりはありません。 しかし、私たちは、アフリカ系アメリカ人社会に今でも存在する非常に多くの格差は、奴隷制度と黒人差別(Jim Crow)の残忍な遺産の下で苦しんだ、過去の世代から伝えられた不平等から、直接引き継いだものだということを思い出す必要があります。

黒人だけが通う学校は、昔も今も劣った学校です。つまり「ブラウン対、教育委員会」という裁判から50年、いまだに私たちは事態を改善していません。(拍手)彼らが当時も今も供給している劣った教育のせいで、白人生徒と黒人生徒との学力格差は今日まで続いているのです。

合法的な隔離政策により、黒人の土地の所有が、しばしば暴力的にですが、妨げられたり、アフリカ系アメリカ人の事業主に融資されなかったり、黒人のマイホーム所有者が、政府の住宅ローンを利用することができなかったのです。また黒人は労働組合や警察、消防団などに加わることができませんでした。黒人の家族が、どんな有意義な財産も次世代に遺すことができなかった結果、今でも黒人と白人との財産や所得の格差があり、今日の都市や田舎の社会のあちこちに、まとまった貧困地域がある理由がよく分かります。

黒人男性にビジネスの機会が不足し、自分の家族を満足に扶養できない恥ずかしさや苛立ちは、黒人家族の崩壊をもたらしました。長年の国の福祉政策はむしろこの問題を悪化させてきたのです。さらに都市の黒人居住地区の多くでは、子供が遊べる公園、警察のパトロール、規則正しいゴミ集収、建築基準法の実施などの基本的住民サービスが不足することで、私たちを悩まし続けてきた暴力の連鎖や荒廃、無視がなされてきました。
これが、ライト牧師や彼の世代のアフリカ系アメリカ人が育ってきた現実なのです。彼らが成年に達した50年代後半と60年代前半は、隔離政策は合法で、チャンスは、組織的に締め付けられごく限られたものでした。このことを思うと、いかに多くの人たちが隔離に直面したかということより、むしろいかに多くの男女が逆境に打ち勝ち、次世代の私たちに道を開けてくれたかと、驚くのです。

しかし、アメリカンドリームを手に入れようと、自分達の道を引っかき、かきむしって這い上がっても、だめだった人はたくさんいました。色んな方向を目指しても、結局隔離政策によって最終的には敗れました。 このような敗北の遺産は、将来への望みや見通しを持たずに街角に立ち、刑務所で苦しむような青年や、より若い女性たちという次世代へ伝えられました。それを成し遂げた黒人にとってさえ、彼らの世界観は、基本的な所では、いまだに人種の問題、人種差別ということに輪郭付けられています。ライト牧師の世代の男女にとっては、長年受けてきた屈辱や抱いてきた不信感、恐怖の記憶、昔の時代の怒りや苦しさを忘れることができないでいます。公の場や、白人の友人や同僚の前では、その怒りを表明することはないかもしれません。しかし、行きつけの床屋や美容室、台所のテーブルの周りなどで、怒りの声を聞くことになります。時にはその怒りは、政治家に利用されてきました。人種的路線に沿って票をあおったり、政治家自身の欠点の埋め合わせをするためにです。

そして、時折日曜日の朝の教会の説教壇や礼拝席で、その怒りの声を聞くことがあります。ライト牧師の説教に込められた怒りに、とても多くの人々が驚いているということに、私は古くから「自明の理」とされてきたことを単純に改めて実感します。その自明の理とは、日曜日の朝の礼拝の時こそ、アメリカ人の生活の中で最も人種隔離が顕著な一時である、ということです。その(拍手)怒りは必ずしも生産的とは限りません。いやむしろ、真の問題解決から注意をそらすことが多いのです。われわれ黒人自身がアフリカ系アメリカ人社会の現状容認の共犯者であるということに正面切って立ち向かうことを遠ざけ、アフリカ系アメリカ人社会が本当の変化を目指すのに必要な、一致団結することを阻んでいます。 しかし、怒りが本物で、強力であることは確かです。消えてくれることを単に願ったり、根源となるものを理解することなく非難するのは、人種間に存在している誤解の溝をさらに広げるだけです。

実際同じような怒りは、白人社会の部分にも存在します。働く中産階級の白人の多くは、人種のおかげで得をしたとは感じていません。 彼らの経験は、自身に関する限り、何の手渡しもなく、掘り起こしから自力で築きあげたという、いわゆる「移民体験」意識です。一生涯、働きづくめでがんばってきても、何度も自分の仕事が海外に流出したり、老後の年金もどさっと失ってしまうのを眺めるだけでした。彼らは、自分の将来を心配しており、彼らの夢が逃げ去ってしまうと感じています。賃金が停滞し、国際競争の時代では、あなたの夢は、私の出費からというゼロサムゲームと考えられるようになっています。したがって、バスで子供たちは町向こうの学校に通うようにと言われたり、彼ら自身が関わっていない不正により、アフリカ系アメリカ人が良い仕事や良い大学に入れるように優遇されたり、都会の近所の犯罪に関して、黒人への恐怖がどういう訳か人種偏見だと言われる時には、時間がたつにつれ憤りが募ってきます。

黒人社会の中にある怒りのように、これら白人の怒りは礼儀正しさが要求される場では、口にされるとは限りません。 しかし、少なくとも1世代に渡り政治的背景を形作ってきたことは間違いありません。福祉政策と差別是正措置に対する怒りは、レーガン連立政権の発足につながりました。 政治家たちは自身の選挙の終盤では、決まり切って犯罪の恐怖を利用してきました。トークショーの司会者や保守系の解説者たちは、人種的に不公平だとか不平等だという正当な議論を、単に政治的正当性や逆人種差別だとして捨て去り、(拍手)そうして人種差別の偽の主張を暴露することで、全てのキャリアを築いてきました。

黒人の怒りは逆効果をもたらすとしばしば判明したように、同じことは白人の憤慨にも当てはまります。白人中産階級の生活を苦しめる本当の元凶は、インサイダー取引や不明朗な会計慣行を容認し、目先の利益だけを追う企業文化であり、ロビイストと特殊利益団体に支配されるワシントンであり、多数よりは恵まれた少数だけを優遇する経済政策です。しかし、アメリカ白人の恨みや怒りが消えてくれることを願い、彼らの当然の不安を認識することなく非難したり、彼らを人種差別主義者呼ばわりすれば、これまた人種間の溝を広げ、真の相互理解への路を妨げてしまいます。

こうして何年も身動きが取れず、人種的手詰まり状態の中に、私たちは今も置かれているわけです。私を「世間知らず」と批判する何人かの黒人や白人の評論家はいますが、まさか、たった1度の大統領選挙、特に私自身のように不完全な、一人が立候補するだけで、人種差別を越えることができるなどとは、思ってもいません。(拍手)

しかし、私は堅い個人的信念、神とアメリカ国民への信頼に根ざした信念を力説してきました。 共に力を合わせれば、古い人種的な傷を乗り越えて、進むことは可能だ、と。実際、私たちがより完全な融和を求め続けるなら、これしかないのです。

アフリカ系アメリカ人社会にとって、これは、過去の犠牲になることなく、過去の重荷を受け入れることを意味します。 それは、アメリカの生活のあらゆる局面で正義を求め続け、一方で、私たちの特定の苦情・要求を、より大きな、全てのアメリカ国民の要求と結び合わせることです。より良い医療保健やより良い学校、より良い仕事などを望む私たちと同じに、働く白人女性は「ガラスの天井」の撤廃を願い、一時解雇された白人男性や必死で家族を養う移民にも、それぞれ要求があります。私たちは皆、自分の人生に全責任を持たなければなりません。つまり父たちにもっと要求して、子供とより多くの時間を過ごし、彼らに読んで聞かせながら、子供たちには、これから自身の人生で難局や差別に直面することもあると思うが、それでも決して絶望したり皮肉行動に屈したりしてはいけないと教えることです。いつも自分の運命を書いていくことができると信じなければなりません。(拍手)

皮肉なことに、これほど本質的にアメリカ的で、そう、保守的な「自助」の思想は、ライト牧師の演説で頻繁に表現されてきたのです。 しかしながら、自助に関するプログラムを始めるには、社会が変り得ることを信じることも必要ということを、私の元牧師はあまりにも頻繁なので理解できていませんでした。

ライト牧師の説教の深い過ちは、私たちの社会の人種差別について話したということではありません。まるで私たちの社会を「止まったまま」と見なし、まるで何の進歩もなかったかのように断言したことです。彼はまた、この国が変えられずに、いまだに悲惨な過去から脱却できていないと思っています。しかしこれはまったくの誤解です。なぜなら、アメリカだからこそ、彼の教会の一員である私が、この国で最高位の職(大統領)に立候補し、白人と黒人の連合、そしてラティーノやアジア系との、そして富める人と貧しい人、若者と老人との連合を得ることができているのですから。(拍手)…アメリカは変われる。これこそ、アメリカの真のすばらしさで、私たちは身をもって知っています。私たちが既に成し遂げてきたものがあるからこそ、私たちは、明日への希望、希望に対する厚かましさと、決意が抱けるのです。

白人社会にとって、より完全な融和への道は、アフリカ系アメリカ人社会を苦しめる諸問題は、決して黒人の心の中だけに存在するもの(被害妄想)ではないと認識することです。人種差別は遺産としてあり、また昔ほどあからさまではなくなったものの、まだ確実に続いています。このことを理解し、向き合わなければなりません。そしてそれは言葉だけではなく、態度で示すことです。黒人の学校や社会に投資する。公民権法を施行し、公平な刑事司法制度を実現する。前の世代の黒人には与えられなかった機会を現在の世代に保証する。黒人の夢をかなえるということは、他のアメリカ人の夢を犠牲にすることではないと、実感することが全てのアメリカ人に求められます。黒人や褐色の肌、そして白人の子供たちの健康や福祉、教育への投資は最終的には、すべてのアメリカ人を繁栄させるのです(拍手)…。

結局のところ、私たちに求められているものは、それ以上でも以下でもなく世界の偉大な宗教が求めているものと同じで、「汝の欲するところを人に施せ」ということです。聖書は私たちに、「兄弟のごとくに接せよ」と説いています。 私たちの姉妹を見守る存在になりましょう。皆お互いに共通な利害を持っているということを見つけ、助け合いの精神を私たちの政治にも反映させましょう。

この国には選択肢があります。私たちは分裂や対立、冷笑主義(皮肉行動)を生む政治を選ぶこともできます。私たちがOJシンプソン裁判や、悲劇の通夜でしたように、またはハリケーン・カトリーナの直後に行ったり、深夜向けのニュースのネタとするように、「人種」ということを、興味本位だけの見せ物にすることもできます。ライト牧師の説教の断片を、連日連夜、選挙の日まであらゆるチャンネルで流しているのを見ることができます。彼の最も不快な言葉を私がどうにかして信じ、共感しようとすることを、アメリカ国民が信じるかどうかの1点だけを、この選挙運動の焦点とすることもできます。ヒラリー陣営による何らかの失言を捕らえて、「これこそ彼女が人種カードを使っている証拠だ」と騒ぎ立てることもできます。またはジョン・マケインの方針に関係なく白人男性が皆、総選挙で彼に群がるかどうか推測することもできます。

そうしたいのなら、できるのです。

しかし、もしそうするなら、次の選挙では、何かほかの話題を話しているでしょう。その次の選挙でも、別のことを。同じことを繰り返すだけです。そして何も変りません。(拍手)…
それは1つのオプションです。 他方この時、この選挙で、「今回は違う」と皆で言い切るという選択肢もあります。 今回は、黒人の子供や白人の子供、アジア人の子供、(拍手)スペイン系の子供、およびネイティブ・アメリカンの子供たちの将来を奪う、ボロボロに崩れそうな学校について話したいと思います。 こういう子供たちは教育のしがいがないという、つまり私たちに似ていないから誰かの問題だとする皮肉行動は、拒絶したいと思います。アメリカの子供たちはそんな子供たちではなく、彼らは、私たちの子供で、21世紀の経済で取り残されるような目にはしたくありません。「今回は、違います。」

今回は、医療保険に入っていない白人や黒人、ヒスパニックの人々が救急治療室の順番を待つ行列にひしめいている話をしたいと思います。彼らは、ワシントンの特別利益団体に一人で打ち勝つことはできませんが、私たちみんなで一緒に利用すれば、それを手に取ることができます。

今回、あらゆる人種の男女に一度は人並みの生活を提供したものの、閉鎖された工場について話をしたいと思います。そして一度あらゆる宗教やあらゆる地域、あらゆる職業のアメリカ人のものだった売り家の話をしたいと思います。 今回、あなたの仕事を奪うのは、肌が違って似ていない誰かだというのは事実でなく、ただ利益のためだけに、あなたが働いている会社が、海外移転しようとするからだということに気付きましょう。

今回、(拍手)…私たちは、誇りを持って同じ旗の下で共に仕え、一緒に戦って血を流す、あらゆる肌の色と宗教の男女兵士について話しをしたいと思います。決して許されるべきではなく、決して行われるべきでなかった戦争から、(拍手)いかにして彼らを帰還させるかについて話しをしたいと思います。彼らやその家族に対し心を配りながら、(拍手)彼らにふさわしい恩恵を渡すことで、私たちの愛国心を表しましょう。

このような選択こそが、大多数のアメリカ人がこの国に望んでいるものだ、と心の底から確信しなければ、そもそも私は大統領に立候補しなかったでしょう。 この統合・融和は決して完全にはならないかもしれませんが、世代から世代へと渡って、それがより完全なものになろうとしたことは確かです。 そして今日、私自身がこの可能性について疑問を感じ、冷笑的になる時、いつも私に多くの希望を与えてくれるのは、この国の若い人たちです。変化を信じ、求める若い人々の姿は、すでに今回の選挙戦を歴史的なものにしています。(拍手)

今日特にあなたに残したい1つのエピソードを語らせてください。それはキング博士の誕生日にアトランタの彼の郷里、エベニーザー・バプテスト教会において、すばらしい名誉と思って私が伝えた話です。

サウスカロライナ州、フローレンスで私たちの選挙運動を組織してくれた、アシュリー・バイアという若い23歳の若い女性、白人女性がいます。 彼女はこの選挙運動の始めから、ほとんどアフリカ系アメリカ人社会を組織化するため働き続けていました。そしてある日、自分たちの経歴とそこにいる理由を伝えあう円卓集会に出席しました。

そしてアシュリーが9歳の時に、母親が癌にかかったと話してくれました。 そして、何日か仕事に間に合わなかったため、解雇され健康保険を失いました。破産申請しなければなりませんでした。アシュリーが、お母さんを助けようと何かをしなければならないと決めた時でした。

食べものが最も金のかかる費用の1つだと分かったので、アシュリーは、どんな他のものより本当に好きで、本当に食べたがっていたものは、マスタード・レリッシュサンドイッチだけだとお母さんを納得させました。 それが食べるのに最も安い方法でしたので。

お母さんが回復するまで、彼女は1年間それを続けました。円卓集会で彼女が選挙運動に参加した理由は、両親を助ける必要があり、助けたいと思っているこの国の何百万人もの子供たちを助けるためと話しました。

アシュリーはあるいは、別の選択をしたかもしれません。 たぶん誰かが、彼女の母の問題の原因は、生活保護を受け、働けないくらい怠惰であった黒人だからとか、不法に入国したヒスパニックのためだというようなことを彼女に言ったでしょう。 しかし、彼女はそうしませんでした。 彼女は不公平との闘いで仲間を捜しました

とにかくアシュリーは話を終えて、部屋をめぐり、他のみんなに、なぜ選挙運動を支えているか聞きます。 彼らには皆、それぞれの物語とそれぞれの理由があります。 多くは、特定の問題を持ち出します。最後に、ずっとそこに静かに座っていていた年配の黒人男性の所に行きます。 そしてアシュリーは、ここにいるわけを尋ねます。 しかし彼は特定の問題を持ち出しません。 彼は健康保険や経済を話したりしません。教育や戦争を話したりしません。 バラック・オバマのためにここにいると話したりしません。彼は簡単に部屋の皆に話します、「私はアシュリーのために、ここにいるんだよ」と。(拍手)

「私はアシュリーのために、ここにいる」。これ自体では、若い白人の少女と年老いた黒人の間の理解が一致したその一瞬は、充分ではありません。病人への健康保険や、失業中の人への仕事、子供たちへの教育を与えるのに、充分ではありません。

しかしそこが、私たちのスタートラインなのです。 そこから私たちの統合・融和が一層強くなっていく出発点なのです。 そして、ここフィラデルフィアで、愛国者の一団がその(独立宣言)文書に署名して以来221年の過程にわたって、何世代もが実現させようとしてきましたが、そここそ、この完成が始まるところです。

どうもありがとう。

Posted by: どうしても訳しかった者 | April 22, 2008 08:18 PM

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