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September 10, 2015

再生可能エネルギーは絶対善か?

原子力発電所の再稼働前後に少し前のNHKの日曜討論で議題になったりしていたので、電気というか再生可能エネルギーや火力発電や原子力発電について少し考えてみたい。

あらかじめ宣言しておくが、私は再稼働賛成派だ。エネルギー問題に長年関わっているので知識だけは一般の人より豊富にあるということもお断りしておく。

なのになぜ改めて考えるかというと、日曜討論で「ドイツが再生可能エネルギーを大量導入できたから日本もできる。やるべき」という発言を聞いて少し考え込んでしまったから。

これは再稼働反対派や2030年脱原発派からよく聞く論で、率直に言って状況認識に間違いも多い。ドイツが再生可能エネルギーを大量導入しているといっても、欧州大に広がる電力ネットワークからいえば一地方に大量に入っただけ。しかも欧州大停電の発端になるなど周辺に迷惑かけまくっている。ドイツ国民は高い電気料金を我慢しているし、一方で、電力市場では、マイナス価格が発生するほど荒らしている、それは自国の火力発電所の存続も危機に陥れるほどだ。バックアップ電源である火力のない再生可能エネルギーなんてありえないので、大いなるパラドックスを生んでいるというわけ。ドイツは再生可能エネルギーに舵を切り、福島の事故で再度脱原発に大きく舵を切り、温暖化で火力悪者論にも舵を切り、つまり、いろいろ舵を切りすぎて方向を見失っているようなところがある。

だから上記のドイツ羨望論なんて頭から否定してもいいんだけれど、確かに新しい事態に挑戦するのは、何か意味あるかもしれないと思ったのでちょっと考えてみた。

「日本でもやればできる」と言われればそうかもしれない。いや、脱原発じゃなくて、再生可能エネルギーを大量に、それこそドイツ並みに26%程度に導入することについて。意外に少ないって? 実はドイツだって、設備容量ではなく発電量でみると、再生可能エネルギーの位置付けはまだそんなもの。ちなみに原子力発電も動いているし。

それはさておき、日本において、どのように変動電源である風力発電と太陽光発電で発電量の4分の1を賄うようになれるかを考えてみたい。まず、国内の系統増強を行い、大量の蓄電池を入れ、半強制的にデマンドレスポンスを義務付け、高い電気料金や唐突な節電、充電を我慢する。これならばいけるか。我慢したくない? じゃあ、韓国と海底ケーブルで系統をつなぎますか。今、韓国は電力危機後の野放図なLNG開発によって、ものすごく電気が余っているみたいだから…。あ、天気が良くて風が吹いて、休日で、電気が余った時は最悪かも。

いずれにせよ、再エネ特措法(FIT)のスキームで増やしていくならば国民平等に徴収される賦課金は高くなり、さらに系統増強や蓄電池への投資があって、総合的には電気代は高くなり、製造業は苦しくなり、火力比率の低下で電気の安定性は失われていくわけだ。台風が来れば、手抜き施工の太陽光は壊れ、何パーセントかの電源が失われる。まあ素敵な未来(苦笑)。あとは原油安に期待するしかない。

じゃあ悪いことばかりかというと、そうばっかりでもない。もしこれをやろうとすればスマートグリッド技術の導入は必須だし、蓄電池技術も進むかもしれない。田舎のガソリンスタンドがないところに、風力や太陽光を電源とする蓄電池電気スタンドがあってもいい。プラグインハイブリッドにはぴったりじゃない? また、デマンドレスポンスモデルができて、パッケージで海外に売れるかも。国内インフラ投資が増えるため工事業界も活況となりそうだ。円高不況の時に、国策で電力業界が無理やり投資してたみたいに。おお、バブルの再来か(苦笑)? それに、もう再生可能エネルギー導入の流れは世界的に止めようがないというならば、その技術を磨いたほうがいいのではないかとも思うし。

ただ、日曜討論で「やればできる」論を唱えた方は、「10年くらい我慢すればドイツ並みになれる」と言っていた。これもよく聞く話である。発言者が経済学者という点がひっかかるが・・・、まあ、そうかもしれない。せっかくの円安を電気代の高騰で潰して製造業は相変わらず低迷し、蓄電池とスマートグリッド技術、電気自動車技術だけ伸ばし、工事業界が活況になるのみの10年。多分、失われた40年になるだろうな。ちなみに太陽光パネルなんて日本の製造機械を買えば他の国でも作れるから、産業としては期待できない。そもそも10年たって、ドイツでスマートグリッドが進んだかというとそうでもないし、Qセルズは今や韓国資本。残っているのは自動車やシーメンスなどの昔ながらの製造業なんだけど、製造業は電気代が優遇されているそうだ。

電力取引市場でマイナス料金が発生するような事態になれば、需要家の電気料金も安くなるって可能性もある。確かにそれは需要家にとってはいいことなんだけど、ただ増エネになるだけだし、電力なんていう、ずうっと面倒を見続けなければならない設備産業で損が出ると、事業自体が維持できなくなってくる。ある程度余裕がないと、大変危険な状態になるんだよね。まあ、今、電力会社は皆、その状態にあるんだけど。

と、ここまで現状をもとに考えてきたんだけど、ふと、表題の疑問が浮かんだのだ。ところで「再生可能エネルギーは絶対善」なのか? 普及すればするほどに、徳が積まれ、我々は昇華していくのか? 解脱するのか日本? みたいな。

再生可能エネルギーは自然にあるエネルギーを使い、二酸化炭素を出さず、確かに原子力発電のように放射性物質をばらまく危険も、村や町ごと避難させられることもない。太陽光を屋根におけば、自分で発電して自分で使うことができる。下手すれば自動車の動力にも、災害が起きた時の緊急事態にも対応できる。これは抗いがたい魅力だ。エコで防災な気分を満喫する感じがしてとても素敵だ。お金があればぜひやりたい。でもそれって絶対善?

この間の台風で、九州地方にあった太陽光発電設備(FITでできた設備のようだけど)のうち、ずさんな施工のものが吹き飛ばされて、近隣住居を破壊したりしていたし、それを復活させるにはまた投資が必要だよね。それにFITは国民みんなにその投資を負担させている(吹き飛ばされたものの再建分は含まれない)。前の段落で、「お金があればぜひやりたい」と書いた通り、資金に余裕がある人が手がけるものだ。その資金は、国民全体から回収できるんだ。長期的に見れば持ち出しゼロ、むしろ儲かるかも。だからいいよね!…あれ? 結局、貧乏人から巻き上げるだけじゃん?

いやいや、二酸化炭素の削減になるという面もあるさ。うん。そうそう…。火力は長期的に温暖化をもたらすチョイ悪だからね。でも、全く風が吹かなかったり、最近みたいに悪天候が続けば、電気は火力で賄わないといけない。原子力が動いていたとしても、再生可能エネルギーの発電量の変動には付き合えないから。ということで、再生可能エネルギーと同じだけの火力を、使わなくても維持しなきゃいけないんだけど。確かに燃料代はセーブできるけど、供給側としては同じ規模の設備を持ってないと安定供給できないよね。メンテもあるからむしろ火力は余分に持たないと…。あれ、設備増えるばっかりだな。震災直後、「需要より供給力が大きすぎる、無駄な投資をしてる!」って批判を聞いたような…。

というわけで原子力が絶対悪の扱いを受けているのと対照的に、絶対善の扱いを受けている再生可能エネルギーだけど、結局のところ、絶対善でもないんだよね。もともと、エネルギーなんていう技術的な生産物に絶対善も絶対悪もありえない。絶対悪のほうについて書いてもいいけど、長くなるから今日はやめとく。いずれにせよ絶対善の仮面が剥がれたからには、再生可能エネルギーも、発電したものを、なんの対策もせず全量高値で買い取るなんて制度は続けられないし、一定の制限や義務があるべきなんだと思う。

エネルギーは総合的に満たされていないと意味がないから、生活の安全、経済性、安全保障、持続性、すべてが丸く収まる、というより、すべてが少しずつリスクがあるけど、全体的にカバーできてメリットが出るような比率で、供給するのがベストだと思う。それをエネルギーミックスっていうようになったのは、それまで使っていた「ベストミックス」が恣意的、って民主党政権が言ったかららしいんだけど、そんなのただの言葉狩りにすぎないよね。まあ、いずれにせよ、オイルショックで石油頼みから、原子力や石炭、ガスなどに多様性を広げたのだから、再生可能エネルギーもその一つ程度の扱いでいいと思うよ。

技術論、経済論抜きの、絶対安全を叫ぶエネルギー論なんて、もううんざり。理知的で真面目な議論を望みます!

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